庚午里藻の日記

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リコリス・リコイル感想〜千束が向き合った吉松と向き合わなかった真島/ミカ〜

リコリス・リコイルを見終えた。この記事では、主に12話と13話の吉松および真島とのやりとりを中心にこのアニメひいては主人公である千束の感想を書こうと思う。

千束と吉松

12話では千束が吉松と決着をつける様子が描かれる。 吉松は千束に千束自身の才能を正しく使うために吉松を殺すことを強いる。 千束はそれを跳ね除け、自分で見つけた大切なものと一緒に死んでいくことを選び2人は決別する。

ここで一番重要なのは、千束が“世界のために誰かを傷つけるくらいなら自分の手の届く範囲の大切なものを守って過ごしたい”という決断を吉松に突きつけたことだと思う。これは「私には世界よりも大切なものがいっぱいあるんだ。吉さんがくれた時間でそれに気づけた。」という台詞にも表れている。 人を傷つけてまで何かを成し遂げるよりも箱庭の中でささやかな幸せを育んでいきたい、というテーマはかなりオーソドックスではあるものの、リコリス・リコイルではここに吉松と千束の関係性が上乗せされることでストーリーを盛り上げている。 千束にとって吉松は自分の命を救ってくれた救世主として描写されている。実際に、千束が人を殺さないようにしていたのは吉松に命を救ってもらったことがきっかけだったし、自分を救ってくれた人を知ろうとする際に千束が冷静さを失っている様子も描かれている。 親のように依存していた吉松に対して、千束は初めて自分の考えをぶつけて決別する親離れ的な要素を追加することで、吉松との決別はリコリコの総決算のようなシーンになっている。

千束と真島

一方で13話では、千束は真島と決着をつける。 真島は自身の目的を「自然な秩序を破壊するお前ら(リコリス)から世界を守る」ことだと言い、千束と対峙する。

これは、吉松とは対照的なスタンスである。吉松は千束のことを加害者になるのを怖がって箱庭に閉じこもっていると捉えた。だからこそ強引な手段を使って箱庭から引きづり出そうとした。一方で真島は千束を、リコリスという治安維持のためなら人を傷つけることを厭わない集団の代表と見做している。つまり、真島は千束に「カマトトぶってるけどお前も正義の味方ヅラした加害者の一員だろう?」と投げかけているわけである。

真島は千束が人を傷つけてまで何かを成し遂げるよりも箱庭の中でささやかな幸せを育んでいきたいという思想だけでなく人を傷つけてでも箱庭を維持したいという思想にも加担していると糾弾した。 しかし、それに対して千束は

「世界を好みの形に変えてるうちにおじいさんになっちゃうぞ。今のままでも好きのものはたくさん。大きな街が動き出す前の静けさが好き。先生と作ったお店。コーヒーの匂い。お客さん。街の人。美味しいものとか綺麗な場所。仲間。一生懸命な友達。それが私の全部。世界がどうとか知らんわ。」

と演説を打つ。 この展開は正直すっきりしない印象を受けた。千束は吉松の影響もあって人を傷つけることを極端に嫌っているはずである。それにも関わらず千束が真島の問いかけに真正面から答えないのは正直釈然としない。 ここで主張したいのは、別にリコリスという存在が倫理的に許されないから劇中できちんと糾弾されるべきだということではない。別に倫理的に許されないことを肯定するキャラがいることは何の問題もない。ヘブンズフィールだったり天気の子だったり、それ以上に大切なものを守るために倫理をかなぐり捨てる展開はもはや一種の王道になっている。 しかし、千束が真島に投げた台詞は“自分が所属している組織の加害性<自分が守りたいもの”という宣言ですらなく、ただ自分の大切なものを列挙しただけである。つまり、千束はDAが治安維持と称して殺人を繰り返している加害者であることと向き合おうとすらしていないのである。 吉松との対話を乗り越えてもなお残った千束の願望とDAの間の矛盾をせっかく真島がクローズアップしてくれたのに、それに対してまともな返答がなかったのは千束というキャラの描写として正直不満が残る。

残されたミカ/DAとの対峙というテーマ

ただ、千束がDAの存在にはそもそも疑問を抱かないという欠点は意図的に残したものではないかとも思う。 それは最後のシーンにおいてもミカが千束に帯同していることからも示唆されている。 千束の「親」はアラン機関の吉松とDAのミカだった。千束は吉松と決別し「親離れ」を果たすわけだが、ミカとは十分に向き合っていない。 もちろん、ミカが吉松とは違って千束を尊重しているからそもそも向き合う必要がないとも解釈することもできるが、自分としてはむしろミカが千束を過剰に庇護しているように見える。千束をDAから連れ出して血生臭い事案から遠ざけ、最終話では吉松の人工心臓を奪取する。これは、子供にシビアな現実を見せたくない大人のエゴそのものではないか。そして、そんなミカを親のように慕い依存している時点で千束がDAに客観的な判断を下すのはそもそも不可能だったのではないか。

ミカと千束の依存関係は最後まで解消されない。個人的には吉松と向き合ったにも関わらずミカと向き合わないのはバランスが取れていないと思う。むしろ、続編のために意図的に残した要素ではないかとすら勘繰っているので、千束がミカおよびDAと真正面から向き合う話が供給されるのを首を長くして待ちたいと思う。