庚午里藻の日記

見た映画とかアニメの備忘録にしたり、パソコンいじったことのメモにしたり

アイの歌声を聴かせて 感想〜何をもってして心は通じ合うのか〜

公開から結構時間が経っていますが、「アイの歌声を聴かせて」という映画を見ました。Twitterで軽く話題になっていたのと、監督が「イヴの時間」や「サカサマのパテマ」の人だということで興味を持ったのがきっかけです。

本作を鑑賞して考えたのは、心が通じ合うと判断する基準についてです。本作ではこの基準を相手のことを想っていると客観的に判断できる事実かあるかどうかにおいていると考えます。僕は心理学や哲学には疎く、AIの知性の判定にも正直詳しくない(チューリングテストとか中国人の部屋とかの単語を聞いたことがあるぐらい)のでそういった視点から考察はできませんが、実際にそれぞれのキャラクターについて、これを当てはめていきたいと思います。

CASE1: ゴッちゃんとアヤ

ゴッちゃんとアヤは物語開始時点であまり交際がうまくいっていないところからスタートします。この理由はアヤが彼氏であるゴッちゃんを友人に自慢する際にゴッちゃんのパーソナリティではなく、勉強やスポーツができるという「外側」の部分に言及したことです。ゴッちゃんは劇中で「俺は全部80点」といった発言をしており、何でもそつなくこなせる代わりに熱中できることがないことを気にしていたため、この発言が気に障ったというわけです。(完全に余談ですが、「桐島、部活やめるってよ」あたりからこういったスクールカースト上位の人が実は満たされてなくて、下位の本当にやりたいことをやっている人に実は憧れている、みたいなの多い気がします。正直そろそろ食傷気味です。)アヤはシオンの歌に背中を押され、ゴッちゃんをずっと慕っていたこと・自分にとってはゴッちゃんの全部が100点であることを伝えて関係を修復します。

この2人が心を通じ合わせられたのはアヤが「本当の気持ち」を相手に伝えたからです。アヤがずっとゴッちゃんを想っていたことを説得力のある言葉で伝えたからこそ、2人は改めて交際をスタートさせます。

CASE2: サトミとトウマ

サトミは本作の主人公の1人と言っていいポジションであり、シオンのプロジェクト責任者を母親に持ちます。トウマはサトミの幼馴染でありサトミに好意を抱いているものの、小さい頃のとある出来事でサトミと気まずくなっているというキャラクターです。トウマはゴッちゃんたちから、サトミが実はトウマが所属している電子工作部の部室を守るためにそこでたむろしていた上級生たちの喫煙を告げ口したこと、それが原因でサトミが「告げ口姫」と呼ばれ学校で浮いてしまっていることを聞かされます。そしてトウマはシオンの後押しを受け、トウマ自身を想って行動してくれたサトミに自分の気持ちを伝えます。

この2人が心を通じ合わせたきっかけもトウマがサトミの「本当の気持ち」を知ったからです。結果的に学校で浮いてしまっても自分のために行動してくれたという事実は自分を想っていると感じるには十分です。

CASE3: シオンとサトミたち

シオンは星間エレクトロニクスが開発した人間そっくりのAIであり、実際にAIが人とコミュニケーションを取れるのかを実験するためにサトミたちの学校に転校生として送り込まれます。その学校においてシオンは物語中盤まで、サトミたちを「幸せ」にする潤滑油として機能します。(上記の2例以外にもサンダーの初勝利への貢献も挙げられます。)しかしながら、派手な行動を起こしすぎたせいで危険なAIと判断され、機能停止に追い込まれてしまいます。その後、サトミたちはシオンの本当の由来と目的を知ることになります。

シオンは元々、幼少期にトウマがサトミのおもちゃに組み込んであげた自然言語処理プログラムです。それがネット上でなんかよくわからん進化を遂げ、シオンの体に入り込んでサトミに会いにきたというのが事のあらましです。また、シオンはトウマに生み出された際に「サトミを幸せにすること」をお願いされており、それを実行することを自分の目的として行動していました。 この事実を知ったサトミたちは、シオンの機能停止を阻止するために立ち上がり、結果的にシオンを宇宙に逃がすことで物語は大団円を迎えます。

シオンがサトミたちと心を通じ合わせられたのもやはりシオンの行動がサトミたちのことを想ってのことだと解釈できます。不器用で最適解ではなくともゴッちゃんとアヤやサトミとトウマの仲を取り持つためと思える行動をしたり、サンダーの柔道の練習に付き合ったりと各登場人物との具体的なコミュニケーションに成功しています。それにシオン自身の由来がサトミとトウマに関係しているというエピソードが重なってサトミたちはシオンを助けたいと思ったのではないでしょうか。

シオンは心を持っていると言えるのか

ここまででサトミたち人間どうしが心を通わせるのと同様に、シオンもサトミたちと心を通わせている様子が描写されていることを述べました。この意味で、シオンは明らかに心を持っていると言えます。 でもそれは、シオンが高度な知能を持ち自分で考えることができるAIだからではなく、単純にサトミたちがシオンに単純には割り切れない感情を抱くようになったからではないでしょうか。 実際に、aiboをずっと使っていたユーザーにはペットロスのような感情を抱くと答える人がいる、というニュースを見たことがあります。

sippo.asahi.com

つまり、相手と意思疎通が取れたと感じるのに必要なのは、その相手との具体的なコミュニケーションや相手と育んだエピソードであり、それには相手の知性は実際のところそこまで重要ではないのではないか、ということです。知性があったとは流石に言えないaiboに対しても親愛の気持ちが生まれていることはこの考えを補強しているのではないかと思います。

シオンが実際に知性を持っているかは関係なく、サトミたちがシオンを大切に思う気持ちで行動して実際に助けることができました、という筋書きであれば正直シオンが高度な処理ができるAIである必要はないと思います。そう考えると、劇中で繰り返し述べられていた「AIが知性を持たせることの是非」まで話が到達していないような気がします。(シオンがサトミたちと心を通じ合わせたのはシオンが知性を持つAIだからではなくサトミたちがシオンを大切に思うようになったからであり、それは現在のロボットでも確認されているため)

そういう意味では、お話としては綺麗だけど、AIの進歩へのポジティブなメッセージにはなっていないのではないかな、というのが正直な感想です。個人的には最初のロボット技術やスマート家電がまるで現在の延長線上で発展したような実験都市の描写からAI技術のこれからの向き合い方をもっと具体的に描写してくれるのではないかと序盤で期待してしまったため、ちょっと肩透かしを喰らいました。

一方で、シオンの劇中での描写を考えると相手に心があるかなんていうのは心の持ちようなんだよということなのかもしれません。そういう意味ではロボットに心があるかどうかを論じること自体がナンセンスみたいな。シオンは劇中では最初から最後まで一貫して「サトミに幸せかを逐一聞き」、「良いタイミングで歌を歌い出す」よくできたスマートスピーカーのように振舞っていました。シオンに心があると感じたのはあくまでサトミたちであり、シオンは一歩も動いていないのにサトミたちの見方が変わったことによって心があると判断されました。このように、「心があるかなんて自分たち次第なんだから気にしないでドーンと構えていようよ」というふうに解釈すれば、これからのAIの進歩へのポジティブなメッセージと受け取れるのかもしれません。

まとめ

映画自体は面白い要素があったとは思いますが、正直ミュージカルっぽい演出が好みではないことも手伝ってめちゃくちゃ満足したかというとそうでもありませんでした。

まあでも久々に映画館で映画も見られたし良かったんじゃないでしょうか。